浦上氏
檜 扇/紀長谷雄流
浦上氏は平安時代中期に活躍した紀長谷雄の後裔といい、播磨国揖保郡浦上郷から発祥したという。 元弘・建武の争乱に際して赤松則村(円心)に属して登場、赤松氏の重臣として「当方御年寄」と 呼ばれるまでになり、老臣筆頭の地位をかちとったのである。嘉吉の乱によって主家赤松氏が没落 すると、主家再興に乗りだし、応仁の乱には赤松政則を援けて活躍した。その後、赤松氏の衰退と ともに、播磨西部、備前、美作までを支配する戦国大名に成長した。
【更新2008_08/06】
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2008-08/03
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●享禄三年〜天正十五年(1587)
●九州の戦国大名。豊後府内城主大友義鑑の子。九州探題。豊後.豊前・筑後・筑前・肥後・肥前の六ケ国と伊予・日向の半国に大名領国制を展開した。永禄なかば、臼杵城に移り、キリスト教保護、南蛮貿易を行う。天正六年受洗、フランシスコと称す。天正六年(1578)、四万五千の大軍を率いて日向に進攻し、島津氏と決戦に及んだが、高城の戦いに敗れ、さらに耳川の合戦で壊滅的な大敗を喫した。
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