●蓮如の誤算と苦悩
本願寺教団は、蓮如の時代に一大飛躍をとげ、大教団に発展した。それは、蓮如の布教の的確さによるものとはいえ、当時、政治・経済的に成長する時期を迎えていた庶民が、自分達の行動の思想的拠り所として、真宗を選んだことが教団発展の要因となった。
次第に拡大していった本願寺教団は、蓮如の思いをよそに、蓮如を頂点としてその下に一家衆寺院、その下に大坊主分や寺院道場がつらなり、門徒はその底辺にあった。いいかえれば蓮如の存在を神格化し、封建主義形態を見せるようになったのである。吉崎に集まる門徒は蓮如を生仏として拝み、それを蓮如が否定すればするほど、蓮如のカリスマ性は強められていった。
門徒たちは「われは信心を得たり」といって往来を闊歩するようになり、武家を領主にして苛酷な支配を受けるより、坊主を領主としてわがままをいった方がよいと考えるようになり、それが一揆へと発展していったのである。それは、革命というものではなく、単純な奪権闘争であった。肥大化した本願寺教団は、すでに蓮如をもってしても制御不能状態となり、ついに蓮如は北陸吉崎の地を去ることになったのである。
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